千歳飴の意味と由来

七五三には千歳飴がつきものですね。

自分が幼いときも、切っても切っても同じ顔が出てくる千歳飴が不思議で、
楽しみだったのをよく覚えています。

今の子供たちにも、こういった伝統的なお菓子の魅力を伝えていきたいと思います。

ところでこの千歳飴。
どういった意味をこめて作られているのでしょうか。
また、千歳飴はどうして作られるようになったの?
いつから作られるようになったのかしら?

そんな疑問について調べてみました。

千歳飴の意味

千歳飴の「千歳」には、千年、つまり長い年月という意味があります。

「すくすくと幸せに育って千歳も生きてほしい」
という親の願いが、千歳飴にはこめられています。

そこで、めでたさを示す紅白を使い、細長く伸ばして長寿を表し、
さらにどこを切っても同じ顔が表れるように作ったのですね。

千歳飴のサイズは?

しかも、この千歳飴、サイズも決まっています。

千歳飴のサイズは 直径15mm 長さ1m以内
となっています。

千歳飴の袋にもめでたい絵を描く

その細長くめでたい千歳飴を、めでたい絵の描かれた袋に入れてお祝いのお菓子としました。
千歳飴の袋には、鶴や亀・松竹梅・寿などが描かれています。

鶴は千年、亀は万年
と言われるように、鶴と亀は長生きの象徴です。

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松竹梅もお祝いの席に使われる代表的な植物ですね。

松や竹は厳しい気候にも耐えて冬でも葉を落とさない常緑樹であることから、
梅は寒さの中でも美しい花を咲かせることから、
生命力が強いことの象徴としてめでたい植物とされているようです。

千歳飴の由来は?

それでは、千歳飴の由来についてもみてみましょう。

千歳飴の発祥については、下記の2つの説があるそうです。

 ①浅草発祥節

 ②大阪の商人から

千歳飴は浅草発祥?

江戸幕府5代将軍・徳川綱吉が、体が弱い息子のために七五三のお祝いをしたことをきっかけだという説です。

当時、浅草で飴売りをしていた七兵衛という人が紅白の棒状の飴を売り出したのが「千歳飴」の始まり、とされています。

「千歳飴」は、その頃、「千年飴」あるいは「寿命糖」などと言われていたそうです。

千歳飴は大阪の商品が発祥?

1615年頃、大阪の商品の平野甚左衛門という人が、江戸に出てきて浅草の浅草寺で千歳飴を売り始めたというのが最初だったという説もあります。

彼は、
「長い千歳飴を食べると、千年も長生きできる」
というのを売り文句にして売っていたとのことです。

まとめ

子供の成長を喜ぶ親の気持ち。
きれいな衣装を着せて、めでたいお菓子を食べる幸せ。

こういったほほえましい伝統的な行事を楽しく後世に伝えていけたらいいな、と思います。

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