『源氏物語』を読みながら平安時代の子供への温かい目線を思う

今、『源氏物語』の読書会では、匂宮の巻きが終わり、紅梅の巻きを読んでいます。

目次

紅梅は平安時代に中国から渡来したもの

この梅。
なんと奈良時代に初めて中国から渡来したものなんですね。
しかも、奈良の時代には白い梅しかなく、
紅梅は平安時代になってから日本に入ってきたものであるとのことです。

そのため当時の人々にとって、梅は舶来品でしゃれたもの。
万葉集には梅を詠んだ歌が120首あまりもあるのに対し、
桜を詠んだ歌は40首あまりに留まっています。

『源氏物語』の時代に、
渡来したばかりの紅梅が、
非常に風情あるものと捉えられていたということは
容易に想像がつきます。

紅梅を匂宮に届けたのは子供

『源氏物語』の時代には、
子供たちが出てきて活躍しています。

子供なのにちゃんとお勤めをしていて、役目を果たしています。

匂宮に紅梅の枝を父からことづかった手紙とともに届けたのは、
まだ子供の若君
若君も御所にあがってお仕事をしています。

匂宮への紅梅とお手紙を届けた若君。
匂宮は若君の義理の姉・宮の御方に心惹かれています。
そのため、弟である若君にとてもやさしい。

匂宮からやさしくされて、若君はとても嬉しそうです。
匂宮に
「泊まっていったら?」
と言われて、春宮に行かなければならないお仕事はキャンセルしてしまい、
匂宮のところで、甘えるように泊まっていきます。

また、匂宮から
「どうして宮の御方は春宮のところにお嫁に行かなかったのだろう。」
と問われると、
「わかりません。」
と無邪気に即答し、そういえば父親が
「知る人ぞ知る」
と言っていたのを思い出し、
「心知らむ人になどこそ。」
と聞いています、と単純な答え方。

子供らしいかわいらしさ無邪気が描かれています。

若紫の子供らしさ

そういえば、若紫の巻に登場した子供時代の紫の上も、
ずいぶん子供っぽくかわいらしく描かれていました。

「雀の子をいぬきが逃がしつる」
などと、おばあさまに言いつける無邪気な子供です。

紫式部の子供の描き方には、
幼い子の子供らしさをかわいいと思う愛情がこぼれているように思います。

ちごの空寝に見る子供の無邪気さ

『宇治拾遺物語』に収められている「ちごの空寝」。
高校国語教科書の最初のほうで習いますので、
多くの方がご存知かと思います。

この「ちごの空寝」に出てくるちごたちのかわいいこと。
「ぼたもちできたよ。」
と呼ばれてから、すご~く時間が過ぎてしまいます。
寝たふりしていたちごたち。
ぼたもちが食べたいのに、
すぐに返事したら待ってたみたいと思われてしまうからと思って、
食べたいのを我慢して
もう一度起こしてくれるのを待っていたんですね。

でも、もう起こしてくれそうもないとわかると、
「は~い」
と間の抜けた返事をして僧たちの笑いを誘います。

この時代の日本の文学における子供の描き方を紐解くと、
日本のこの時代から、子供らしさが認められていたのだと推察できます。

西洋の産業革命以前の子供たち

子供には、子供特融の子供らしい思考があり、
だからこそ子供がかわいいのだという、当たり前の考え方。

ところが、どうやら西洋では、産業革命以前の子供たちは、
子供らしさとか、子供らしい思考回路などが認められていなかったようなのです。

子どもは、小さい人であって、
子供独自の特質があるということがあまり認識されていないらしいのです。

単に小さい人なので、大人ほどの仕事はこなせないけれども、
小さな労働力であるとしか、捉えられない。
哀愁を帯びたメロディで有名な
チムチムニィの歌にみられる煙突掃除の子供たちなど、
その良い例です。

ですから、児童文学という発想もなかったようです。

大人向けとは異なる、
子供向けの文学という概念もなかったのです。

産業革命が 1760~18330年。
「不思議の国のアリス」の出版が1865年。

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「不思議の国のアリス」の頃には、
子供らしさというものが認められ、児童文学も数多く出版されるようになっています。

アンデルセンが「子供のためのお話」を著わしたのが1835年。
アンデルセンは、ずいぶん進歩的な人だったのだとわかります。
この頃に”子供のため”という視点を持って本を書くという点で、先駆者だったと思います。

でも、まだ内容的には子供らしさが描かれる段階には進んでいないような・・・。

ピーターラビット」が1893年ごろ。
いかにも子供らしい発想が描かれている「クマのプーさん」にいたっては1926年。
ちびくろサンボ」が1899年。

児童文学の歴史はたかだか100年ほどにしかすぎません。

西洋絵画にもみられる小さい人としての子供の描き方

「子供」という概念が、
小さい人として扱われているな、
という印象が顕著な表現を見せてくれる絵画を
知り合いの先生が教えてくださいました。

こちらは、マリアに抱かれた幼児のキリスト
フィンランドの隣のタリンの教会にかけてあった絵だそうです。

彼女はこの絵を見て、子供らしい表情をしていない、
まさに「小さい人」が描かれていると感じたそうです。
私も、まったく同じ印象を持ちます。

紫式部は子供好きだった?

こうして見てくると、
『源氏物語』の中に描かれている子供たちは、
1000年ごろに書かれた物語にも関わらず、
とっても無邪気でかわいらしく描かれていますね。

紫式部は子供好きだったのでしょうか。

彼女自身も母として女の子を育てています。
『源氏物語』の中に子供を登場させるとき、
そうした、母の視点が活かされているのかもしれません。

また、日本ではこの時代からすでに子供らしさを認める空気があったらしい
ということも子供を描く彼女の筆に影響を与えているのでしょうか。

まとめ

恋を語りつくす『源氏物語』のあちこちに垣間見える1000年前の子供たちの姿。
子供のかわいらしさや無邪気さが描かれていることをあらためて感じ、
『源氏物語』の中の優しさ温かさが胸に沁みてくるような気がしています。

50代で読む『源氏物語』は、
学生の頃には気づきもしなかった、
ささいな箇所に目がとまって、
ますますおもしろく読んでいます。

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